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ジャパン・ハウス

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5人の建築家が築く日本の未来
2017.09.19

サーぺンタイン・ギャラリー・パヴィリオン 2013,
藤本壮介設計、写真 © 2013 ジム・スティーヴンソン
 

ロサンゼルスでは、至る所でモダニズム建築を鑑賞できる。リチャード・ノイトラ、ピエール・コーニッグ、チャールズ&レイ・イームズといった建築家の象徴的なケーススタディ・ハウスが好例だ。こうした想像力あふれる建築家やその後継者たちに大きな影響を与えたのが、伝統的な日本の建築である。すっきりしたラインやオープンな内部空間、自然光や周辺空間への配慮に、その影響が感じられる。日本の建築は、世界中のモダニズムやミニマリズムに影響を与えてきたが、物語はそこで終わらない。現在、世界中の大規模プロジェクトで引っ張りだこの日本人建築家が数多く存在する。ここでは、日本の現代建築シーンを学ぶ上で知っておきたい5人の建築家を紹介する。
 
(アルファベット順:安藤忠雄、坂茂、藤本壮介、磯崎新、SANAA)

 

1. 安藤忠雄

安藤忠雄は、現代日本建築の創始者の一人であり、1995年にプリツカー賞(建築界で最高の栄誉)を受賞。1941年、戦時下の大阪で生まれた安藤は、トラックの運転手、プロボクサーから転身して、独学で建築家となる。フランク・ロイド・ライトやル・コルビュジエの作品に感銘を受け、建築の道を歩み始めた(ル・コルビュジエ自身も日本建築から着想を得ている)。ミニマリストであり、思索を喚起するセンシティブな空間で知られる安藤。代表的な作品としては、大阪の光の教会や芸術の島として知られる直島のベネッセハウスがある。安藤がよく使う素材はグレーのコンクリートで、独自の配合まであるというこだわりだ。コンクリートという素材は重厚で冷たい印象を与えがちだが、安藤の手にかかると、まるで重力を感じさせず軽やかに光の中で浮かび上がる。

 

2. 坂茂

建物の一番の目的とは、人を風雨から守ることである。東京生まれの坂茂は、この基本的な建物の役割を決して忘れず、素材とデザインの改革者、そして人道主義者としての道を歩んでいる。
ボランタリー・アーキテクツ・ネットワークを設立した坂は、紙や紙管などの質素な素材の使用を考案し、ルワンダやトルコ、また阪神淡路大震災後の神戸で、難民や被災者のための安価なDIYシェルターを作った。しかしながら、災害時の救援のための建築であっても、より恒久的な建築(ポンピドゥーセンター・メスなど)であっても、プリツカー賞受賞者である坂の作品は、建築が究極的には人間の暮らしのための単なるフレームであることを示す。しかも、そのフレームは美しく、耐久性にも優れている。

3. 藤本壮介

北海道出身の若手建築家である藤本壮介は、41歳の若さで「マッド・サイエンティスト」の雰囲気を漂わせる。事実、藤本は建築の道に進む前は物理学者を志していた。藤本の作品は、有機的なものと人工的なもの、自然と人間、有形のものと無形のものの境界を探求する。その代表的作品には、木の構造をコンセプトにした東京のHouse NAや幾何学的造形のくまもとアートポリス「次世代モクバン」などがある。2013年に藤本がロンドンのサーペンタイン・ギャラリーにて作った格子細工の雲のパビリオンは、完成してすぐに人気スポットとなった。藤本は、目立たないイスを埋め込んだ本棚のようなインテリアや家具のデザイン、インスタレーション・アートなども手がけている。様々な分野を横断するアイデアは、どんなキャンバスにも通用するようだ。

 

4. 磯崎新

ロサンゼルスのダウンタウンを訪れた人なら、磯崎新の作品を目にしたことがあるはずだ。グランド・アベニューのランドマークである、ロサンゼルス現代美術館(1986年開館)の設計を手がけたのが磯崎だ。これよりはるか前の1960年代から、磯崎は日本の建築の一つの世代とその次の世代をつなぐ存在として活躍してきた。20世紀半ばの巨匠、丹下健三に師事した磯崎は、その後、西洋のモダニズム(いわゆる「ブルータリズム」)と日本のアバンギャルドな美意識を融合させた、独自の建築物を設計するようになる。日本のアバンギャルドには、例えば、巨大建造物のコンセプトと有機的な生体成長を融合させた戦後の建築運動である「メタボリズム」がある。その後、建築にウイットや遊びを取り入れるようになり、1974年、出身地の大分県にある富士見カントリー倶楽部のクラブハウスを設計。この建物は俯瞰すると屋根がクエスチョンマークの形になっている。また2013年には、彫刻家のアニッシュ・カプーアとのコラボレーションで、球根をイメージした膨らむコンサートホール「アーク・ノヴァ」を設計し、被災地福島を応援した。現在86歳の磯崎に衰えの兆しは見えない。野心的な高層設計、シティライフミラノは、イタリアのミラノで間もなくお目見えする予定である。

 

5. SANAA(妹島和世、西沢立衛)

1995年、妹島和世はかつての弟子であった西沢立衛とともに、コラボレーションスタジオSANAA(Sejima and Nishizama and Associatesの頭文字から)を新たに設立した。以後2人は、人間としての経験と建物の適応能力を重視して意外性のある繊細な建築物を世界各地で生み出している。メタル・キューブを不揃いに積み上げたようなニューヨークのニューミュージアムから、ループ状の通路があるスイス・ローザンヌのロレックス・ラーニングセンターまで、SANAAは視覚に訴えるデザインを追求しているが、それと同時に、歩いている時、座っている時、そしてただ立っている時の人間の体についてもよく配慮した設計をする。妹島は、「公園のような」設計をしたいと言う。単なる快適な環境ではなく、同時にさまざまな目的で利用できる空間だ。2010年、SANAAはプリツカー賞を受賞。2人組での受賞は史上2回目であり、妹島和世はザハ・ハディドに次いで史上2人目の女性受賞者となった。



 

サーペンタイン・ギャラリー・パビリオン 2013
藤本壮介設計、写真 © 2013 ジム・スティーヴンソン